トイガンの基礎知識(1)~モデルガンとエアガン

2011年03月18日

企画

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弾は撃てないモデルガン、弾が撃てるエアガン

実銃の所持が難しかったり、銃の種類によっては不可能だったりする日本でも、銃の形はしているが銃ではないもの、つまり「1/1サイズの銃の模型」ならば合法的に購入したり所持したりすることができる。特別な手続きなど必要なく、コレクションとして集めたり、それを使ってスポーツ射撃っぽいことをしたり、決められた場所ならば撃ち合いをして遊ぶことだってできる。

「1/1サイズの銃の模型」のうち、銃身が塞がれていたりして弾は絶対に撃てないような構造になっているものを「モデルガン」、空気やガスの力を使ってプラスチック製の小さい弾を撃つことができるものを「エアガン」と呼んで区別する。両方をまとめた呼び方としては「遊戯銃」という言葉があるが、あまり使われることはない。一般には「玩具銃」とか「トイガン」と呼ぶことが多いだろう。

elementary004_002_480モデルガンは弾が撃てないかわりに、形や構造が実銃により近いものになっているのが魅力だ。

elementary004_001_480プラスチック製の小さい弾を撃つエアガン。撃つ弾の威力が一定の威力より小さければ日本ではそれは「銃ではないもの」とされる。

トイガンの歴史

まだテレビや映画が白黒だった時代から、アメリカから入ってくるウエスタン映画などの影響を受けて、銃が好きになる人達は大勢いた。そういう人達向けに販売されたのがアメリカから輸入された、ブリキなどで作られたオモチャの銃だった。1960年代はじめのことである。それがいわば日本のモデルガンの元祖的存在となる。

そういった玩具は、あくまで子供向けの玩具として作られたものであって、リアルなものとは御世辞にも言いづらいものだった。そういった輸入玩具に満足できなくなった人達向けに、よりリアルで質の高いモデルガンが作られるようになる。最初の国産モデルガンといわれているのは1962年発売のMGCモーゼルミリタリーだ。その後、MGCをはじめとして数多くのメーカーがモデルガンを製造、映画やTVドラマの影響もあって「第一次モデルガンブーム」が生まれる。

しかしそのモデルガンブームも、1971年と1977年の2度にわたる厳しい法規制により材質や構造に大きな制約を受けることとなったのをきっかけとして、少しずつ小さくなっていってしまう。メーカーも法規制をクリアした独自の材質や構造を開発し魅力的な製品を作ろうとしたが、いくつかのメーカーは規模を縮小したり、倒産したりすることとなってしまった。

モデルガンに変わってトイガン業界の主役となったのが弾を撃てるエアガンだ(※日本では実銃とされる空気銃(エアガン)と区別するため、エアーソフトガン、ソフトエアガンといった呼び方をすることもあるが、本稿では「エアガン」と書けば玩具銃であるエアソフトガンのことを指すと考えてほしい)。1980年代の前半、エアガンを使っての撃ち合いにキッチリとしたルールを設けてスポーツ化した「サバイバルゲーム」が紹介されると、トイガンは単なるコレクションやごっこ遊びのためだけではなく、ゲームに使うための道具としてのニーズが生まれることとなる。

サバイバルゲームでは、相手が使っているものよりも遠くまで飛び、よく当たる銃を持っていれば圧倒的な有利となる。そのため、ユーザーはより性能が高いエアガンを求めるようになる。単発から連発へ、撃つ弾も球形のより精度が高いものへと進化していく。

そのころのサバイバルゲーム用エアガンは、手動で一発ずつ発射するタイプのものの他は、圧縮ガスなどの力を使って連続して弾を発射するものだった。弾を連続して撃つには大量の圧縮ガスが必要だったため、ユーザーはタンクを背中に背負うなどして、そこからホースを銃までつなげて撃っていた。そんな中、東京マルイから銃に内蔵したバッテリーの力でモーターを回し、そのエネルギーで弾を発射する「電動ガン」が発売される。1991年のことだ。

電動ガンの登場によって、サバイバルゲーマー達はタンクやホースから開放された。エアタンクへの空気の充填のために汗を流したり、あるいは高価なコンプレッサーを購入する必要もなくなり、家庭用電源から充電したバッテリーをいくつか持ってくるだけで何千発も弾が撃てる。この気軽さによりサバイバルゲームは「一部のコアなエアガン好き」だけではなく、誰もが手軽に楽しめる身近なホビースポーツとなったのである。

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投稿者:ikegami